地方自治体のデジタル化を加速するBPR:行政手続き効率化と住民サービスの向上へ
はじめに:なぜ今、行政手続きのデジタル化にBPRが不可欠なのか
地方自治体において、デジタル技術の活用は喫緊の課題となっています。人口減少や高齢化による担い手不足、複雑化する地域課題への対応など、様々な要因から、これまで以上に効率的で質の高い行政サービスが求められています。特に、住民や事業者が日々利用する「行政手続き」のデジタル化は、利便性向上と自治体職員の業務効率化に直結する重要な取り組みです。
しかし、単に紙の申請書をWebフォームに変えたり、既存の業務フローをそのままシステム化したりするだけでは、期待する効果が得られないことが少なくありません。これは、非効率な業務プロセスそのものが残存してしまうためです。
そこで重要となるのが、BPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)という考え方です。BPRは、既存の業務プロセスを根本的に見直し、再設計することで、組織の目標達成を目指す手法です。行政手続きのデジタル化においては、このBPRの視点が不可欠となります。
本記事では、行政手続きのデジタル化を成功に導くために、BPRがなぜ重要なのか、そして地方自治体でどのようにBPRを進めていけば良いのか、具体的なポイントを解説します。
BPRとは何か?:単なる業務改善やIT導入との違い
BPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)とは、組織の活動を「プロセス」として捉え、そのプロセスを根本的に見直し、抜本的に再設計することです。最終的な目標は、コスト、品質、サービス、スピードといった組織の重要な業績指標を劇的に改善することにあります。
これは、既存の業務フローを少しずつ良くしていく「業務改善」や、現在の業務フローにシステムを導入するだけの「IT化」とは異なります。BPRは、現在のプロセスが本当に必要か、より効率的で住民視点に立ったプロセスはないか、といった問いから始め、ゼロベースで理想的なプロセスを考え直します。
行政手続きにおけるBPRとは、現在の申請から処理、通知に至る一連の流れを、住民にとって分かりやすく、手続きにかかる時間や手間が最小限になるように、また自治体職員の負担も軽減されるように、デジタル技術の活用を前提に一から設計し直す取り組みと言えます。
なぜ行政手続きのデジタル化にBPRが必要なのか?
現在の行政手続きは、長年の慣習や法制度、組織の都合などにより、複雑化・非効率化している場合があります。例えば、以下のような課題が挙げられます。
- 住民視点からの複雑さ: 申請に必要な書類が多い、手続きが窓口によって違う、複数の部署を回る必要がある。
- 自治体内部の非効率: 紙媒体でのやり取りが多い、データの入力・転記が複数回必要、部署間の情報連携がスムーズでない。
- デジタル化の限界: 非効率なプロセスをそのままオンライン化しても、入力項目が多すぎる、途中で結局紙の提出が必要になるなど、住民や職員の負担が減らない。
このような状況で単にシステムを導入しても、既存の非効率なプロセスがデジタル化されるだけで、根本的な解決には至りません。BPRを通じて、手続きそのものの必要性、手順、関わる部署、必要な情報を根本的に見直すことで初めて、デジタル技術がその真価を発揮し、住民サービスの劇的な向上や業務効率化が実現します。
例えば、ある申請手続きで複数の部署が関わっている場合、BPRによって部署間の連携方法を見直したり、必要な情報の共有方法をデジタル化したりすることで、申請から決定までの期間を大幅に短縮することが可能になります。また、住民にとっては、一度の申請で手続きが完了するようになり、利便性が向上します。
地方自治体におけるBPRの基本的な進め方
地方自治体でBPRを進めるための一般的なステップをご紹介します。これはあくまで基本的な流れであり、各自治体の状況に合わせて柔軟に進めることが重要です。
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対象業務の特定と目的設定:
- どの行政手続きをBPRの対象とするかを選定します。住民利用が多い手続き、職員の負担が大きい手続き、ボトルネックとなっている手続きなどを優先的に検討します。
- BPRによって何を達成したいのか、具体的な目標を設定します(例:申請から完了までの時間を〇〇%削減、窓口対応時間を〇〇時間削減、住民満足度を〇〇ポイント向上など)。
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現状の業務プロセス分析(As-Is分析):
- 対象となる行政手続きの現在の業務フローを詳細に可視化します。誰が、いつ、何を、どのように行っているのかを明確にします。
- 関係者(手続きを行う職員、住民など)へのヒアリングやデータ分析を通じて、非効率な点、ボトルネック、無駄な作業を特定します。
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理想の業務プロセス設計(To-Be設計):
- 現状のプロセスにとらわれず、設定した目標を達成するために、理想的な業務プロセスをゼロベースで検討します。
- デジタル技術(オンライン申請システム、RPA、AIなど)をどのように活用できるか具体的に検討し、新しい業務フローを設計します。
- この段階で、必要な情報、関わるべき部署、住民にとっての最適な手続き方法などを定義します。住民や事業者代表の意見を聞くことも有効です。
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実行と導入:
- 設計した新しいプロセスやシステムを導入します。
- 関係部署との調整、必要な規則・条例の改正、職員への研修や周知を丁寧に行います。
- スモールスタートとして、特定の部署や一部の手続きで試験的に導入し、効果測定や課題抽出を行うことも有効です。
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評価と継続的改善:
- 導入した新しいプロセスやシステムの効果を、事前に設定した目標に照らして評価します。
- 想定外の課題や改善点が見つかれば、プロセスの再調整やシステムの改修を行います。
- BPRは一度行えば終わりではなく、社会情勢や技術の進歩に合わせて継続的にプロセスを見直していく姿勢が重要です。
地方自治体におけるBPR実践のポイントと課題克服
地方自治体でBPRを成功させるためには、いくつかの重要なポイントがあります。また、特有の課題も存在します。
- 首長のリーダーシップと全庁的な理解: BPRは部署横断的な取り組みとなることが多く、従来の組織構造や慣習を変える必要があるため、首長の強いリーダーシップと全庁的な協力体制が不可欠です。BPRの目的と重要性を繰り返し伝え、職員の理解と協力を得ることが成功の鍵となります。
- 住民視点での設計: 業務効率化だけでなく、常に住民の利便性向上を最優先に考えたプロセス設計が必要です。「手続きが簡単になったか」「分かりやすくなったか」といった視点が重要です。利用者へのヒアリングやアンケートを実施することも有効です。
- 部署間の壁を越えた連携: 行政手続きは複数の部署にまたがることが多いですが、縦割りの組織構造がBPRの妨げになることがあります。部署間の密な連携を促進し、全体最適の視点でプロセスを設計する必要があります。
- 職員の不安や抵抗への対応: 新しいプロセスやシステムの導入は、職員にとって少なからず負担や不安を伴います。なぜBPRが必要なのか、自分たちの仕事がどう変わるのか、メリットは何かを丁寧に説明し、研修機会を設けるなど、不安を軽減するためのサポートが重要です。現場の意見をプロセス設計に反映させることも、主体性を促す上で有効です。
- 外部専門家の活用と情報収集: BPRやデジタル技術に関する専門知識が不足している場合は、民間のコンサルタントや他の自治体の成功事例から学ぶことが有効です。専門家の知見を活用することで、より効果的で効率的なBPR推進が期待できます。
- スモールスタートと段階的拡大: 最初から大規模なBPRを目指すのではなく、特定の部署や手続きから小さく始めて成功体験を積み重ねることで、組織全体のデジタル化への機運を高めることができます。成功事例を他の部署へ横展開していくことも有効な戦略です。
事例に学ぶ:とある自治体のオンライン申請導入におけるBPR
(架空の事例としてご紹介します。)
とある町の「子育て支援給付金」の申請手続きは、これまで役場窓口での申請または郵送に限られていました。申請書は複雑で記入項目が多く、添付書類も複数必要でした。窓口では申請書の不備が多く発生し、職員の修正指導に時間がかかり、また受け付けた申請書は複数の部署を回覧して確認・承認を得る必要があり、支給まで時間がかかっていました。
この町では、オンライン申請システム導入にあたり、BPRを実施しました。
- 現状分析: 申請書の項目、職員の処理フロー、不備の発生箇所、部署間の情報のやり取りなどを徹底的に分析しました。特に、多くの住民がどの項目でつまずくか、職員がどのような確認作業に時間をかけているかを特定しました。
- 理想プロセス設計:
- 住民視点:申請書をWebフォーム化し、入力補助機能や必須入力チェックを設けることで不備を大幅に削減。添付書類はスマホ撮影データをアップロード可能にする。
- 職員視点:申請データをシステム上で一元管理。部署間の確認・承認はシステム上のワークフローで行えるようにし、紙の回覧を廃止。データの自動突合機能なども検討。
- 実行: BPRに基づき設計されたオンライン申請システムを導入。全職員向けに新しい業務フローとシステムの操作研修を実施。住民向けには申請方法を分かりやすく解説した動画やリーフレットを作成し、周知しました。
- 評価: オンライン申請開始後、窓口での申請書不備が〇〇%減少し、職員の確認・修正作業が大幅に削減されました。申請から支給までの平均期間も〇〇日短縮されました。住民からは「いつでも申請できて便利になった」「窓口に行く手間が省けた」といった声が多く聞かれました。
この事例から学べるのは、単にオンライン申請システムを導入するだけでなく、その前に申請プロセスそのものを住民と職員双方にとって最適な形に見直す(BPRを行う)ことが、デジタル化の効果を最大化するために不可欠であるということです。また、職員研修や住民への丁寧な周知など、人への配慮も成功の重要な要素と言えます。
まとめ:BPRを行政手続きデジタル化の推進力に
行政手続きのデジタル化は、住民サービスの向上と自治体業務の効率化を実現するための重要な手段です。しかし、その真価を発揮させるためには、BPR(業務プロセスの見直し)が不可欠であることを本記事では解説しました。
BPRは、既存の非効率なプロセスをデジタル化するのではなく、あるべき理想的なプロセスをゼロベースで設計し、そこにデジタル技術を適用する取り組みです。首長のリーダーシップ、住民視点、部署横断的な協力、そして職員への丁寧な配慮が、BPRを成功させるための鍵となります。
BPRは時間と労力がかかる取り組みですが、これを行うことで、住民満足度の向上、職員の働きがい向上、そして持続可能で質の高い行政サービスの提供へと繋がります。ぜひ、皆様の自治体でも、一つ一つの行政手続きを見直すことからBPRを始めてみてはいかがでしょうか。
皆様の自治体におけるBPRや行政手続きデジタル化の経験、直面している課題、そして成功に向けたアイデアについて、このフォーラムでぜひ積極的に共有し、議論を深めていきましょう。