地域観光を活性化するデジタル戦略:事例から学ぶ導入と活用のポイント
はじめに
地方創生において、地域の魅力である観光資源を最大限に活かし、交流人口や関係人口の増加を目指すことは重要な戦略の一つです。特に、近年は情報収集から予約、現地での消費行動に至るまで、旅行者のデジタル活用が不可欠となっています。また、新型コロナウイルス感染症の影響を経て、観光のあり方自体が変化し、非接触型サービスやオンライン体験など、デジタル技術への依存度は一層高まっています。
このような状況において、地方自治体が地域観光の活性化を効果的に進めるためには、デジタル技術の導入と活用が欠かせません。しかし、多くの自治体では、どのようなデジタル技術を導入すれば良いのか、具体的な進め方が分からない、あるいは導入したものの十分に活用できていないといった課題に直面していることでしょう。
本記事では、地方自治体が地域観光をデジタル技術で活性化するための具体的な戦略、導入の際に考慮すべきポイント、他の地域の成功・失敗事例、そして今後の政策的な論点について解説します。読者の皆様が、ご自身の地域におけるデジタル観光推進のヒントを得て、議論を深める一助となれば幸いです。
地域観光におけるデジタル技術活用の目的と可能性
地域観光におけるデジタル技術の活用は多岐にわたりますが、主に以下の目的と可能性が挙げられます。
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情報発信・プロモーションの強化: ウェブサイトやSNSを活用した魅力発信はもちろん、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)を用いた没入感のある体験コンテンツ、動画コンテンツによる視覚的な訴求力の向上などが可能です。これにより、潜在的な観光客へのリーチを拡大し、訪問意欲を高めることができます。
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観光客の利便性向上: オンラインでの宿泊・アクティビティ予約システムの導入、多言語対応したデジタルサイネージや情報提供アプリ、キャッシュレス決済の普及などは、観光客のストレスを軽減し、快適な旅行体験を提供します。これはリピート訪問や口コミによる誘客にも繋がります。
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データに基づいた戦略策定: ウェブサイトのアクセスデータ、SNSでの言及データ、電子決済データ、観光地での位置情報データなどを収集・分析することで、観光客の属性、行動パターン、ニーズなどを詳細に把握できます。これにより、感覚ではなくデータに基づいた効果的なプロモーションや観光コンテンツ開発が可能となります。
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新しい観光コンテンツ開発: オンラインでの地域体験プログラム、デジタルスタンプラリー、ゲーム感覚で地域を巡る周遊コンテンツ、スマートグラスを活用した観光ガイドなど、デジタル技術ならではの新しい観光体験を提供し、多様化する観光ニーズに対応できます。
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観光事業者との連携強化: 地域内の宿泊施設、飲食店、体験施設などが情報を共有し、共同でプロモーションや予約受付を行える共通プラットフォームを構築することで、地域全体として連携を強化し、誘客や消費拡大に繋げることができます。
具体的な導入ステップと考慮事項
地域観光におけるデジタル技術の導入を検討する際には、以下のステップと考慮事項が重要です。
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目的の明確化とターゲット設定: 「観光客○%増」や「一人あたり消費額○%増」といった具体的な数値目標を設定し、誰に(国内個人旅行者、インバウンド、ファミリー層など)、何を(情報提供、予約、体験など)提供したいのかを明確にします。目的とターゲットによって、最適なデジタル技術は異なります。
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既存リソースの棚卸し: 現在利用可能な予算、デジタル技術に詳しい人材の有無、保有している観光関連データなどを把握します。リソースに応じて、実現可能な範囲からスモールスタートを検討することが現実的です。
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必要な技術・ツールの選定: 目的達成のために必要な機能(予約機能、多言語対応、データ分析機能など)を持つ技術やツールを選定します。複数のベンダーを比較検討するだけでなく、オープンソースの活用や、既存の民間サービス(OTA: Online Travel Agentなど)との連携も視野に入れます。導入費用だけでなく、運用費用や保守体制も考慮が必要です。
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住民や観光事業者への理解促進と協力体制構築: デジタル技術の導入は、自治体だけでなく地域全体で進めることが重要です。住民や観光事業者に対し、なぜデジタル化が必要なのか、どのようなメリットがあるのかを丁寧に説明し、理解と協力を求めます。共同でのワークショップ開催なども有効です。
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スモールスタートと効果測定: 最初から大規模なシステムを導入するのではなく、特定の地域や目的、小規模な機能から試験的に導入する「スモールスタート」はリスクを抑えられます。導入後は、設定した目標に対する効果を定期的に測定し、課題を分析して改善を繰り返すアジャイルなアプローチが有効です。
成功・失敗事例から学ぶ
他の自治体におけるデジタル観光の取り組み事例から学ぶことは多々あります。
- 事例A(データ活用による周遊促進): ある地域では、観光施設に設置したセンサーや、周遊パスの利用履歴データを分析し、観光客の典型的な移動ルートや滞在時間を把握しました。このデータに基づき、隠れた名所への誘導を促すデジタルマップアプリを開発・提供した結果、特定の人気スポットへの集中を緩和し、地域全体の周遊率向上に繋がりました。
- 事例B(多言語対応と予約効率化): 国際観光客が多いある自治体は、地域の主要な観光施設や体験プログラムの予約を一元管理できる多言語対応の予約プラットフォームを構築しました。これにより、観光客は母国語で簡単に予約できるようになり、施設側の予約管理の手間も軽減され、インバウンド客数が大幅に増加しました。
- 事例C(住民参加型の情報発信): 地域住民が自慢のスポットやイベント情報を写真・動画付きで投稿できるスマートフォンアプリを開発した自治体があります。住民自身が情報発信者となることで、公式情報だけではない、地域に根ざした魅力的な情報が発信され、観光客との新しいコミュニケーションが生まれました。
- 事例D(高額システム導入の失敗): ある自治体は、最新鋭の観光情報システムを高額な費用をかけて導入しましたが、操作が複雑で、住民や観光事業者が積極的に利用しませんでした。自治体側の運用体制も不十分だったため、システムが形骸化し、期待した効果が得られませんでした。導入前に、利用者目線での使いやすさや、地域のリテラシーレベルを考慮した設計の重要性を示唆する事例です。
これらの事例からは、単に最新技術を導入すれば良いのではなく、地域の状況、ターゲット、利用者の使いやすさを考慮し、運用体制や地域との連携をしっかりと構築することが成功の鍵であることが分かります。
政策論点と今後の展望
地域観光におけるデジタル化を一層推進し、地方創生に繋げるためには、いくつかの政策的な論点を検討する必要があります。
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広域連携と共通プラットフォーム: 単一の自治体だけではデータやリソースが限られる場合があります。複数の自治体が連携し、広域でのデジタル観光プラットフォームや共通のデータ連携基盤を構築することで、より広範な観光ルート提案や効率的なプロモーションが可能になります。国や都道府県による、広域連携を促進する施策やガイドライン整備が求められます。
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地域内データ共有とプライバシー保護: 観光客の行動データや消費データを地域内の事業者間で共有・活用することは、地域全体のマーケティング戦略立案に非常に有効です。しかし、データの取扱いやプライバシー保護に関する明確なルール作りと、住民・観光客からの信頼を得るための透明性確保が不可欠です。
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デジタル人材育成と地域内定着: デジタルツールの導入・運用、データ分析、コンテンツ企画など、デジタル観光を推進するには専門的なスキルを持つ人材が必要です。外部に依存するだけでなく、地域内で人材を育成し、定着させるための支援策(研修プログラム開発、専門家派遣、兼業・副業促進など)は喫緊の課題です。
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持続可能な観光地域づくりの視点: デジタル技術は、観光客数の増加だけでなく、オーバーツーリズムの抑制、環境負荷の低減、地域住民の生活の質の向上といった、持続可能な観光地域づくりにも貢献し得ます。例えば、リアルタイム混雑情報の発信や、地域内での消費を促す仕組み作りなどが考えられます。
デジタル技術は、地域観光の可能性を大きく広げる強力なツールです。しかし、その導入と活用は目的であり、最終的な目標は、地域の経済を活性化し、住民が豊かに暮らせる持続可能な地域社会を実現することにあります。
あなたの地域では、デジタル技術を活用して、どのような観光地域づくりを目指したいと考えますか? そして、その実現のために、どのような政策的な後押しが必要だとお考えでしょうか。ぜひ、このフォーラムで皆様の知見やアイデアを共有し、議論を深めていきましょう。