自治体DXの新潮流:デジタル技術で実現する「プッシュ型」行政サービスへの転換
自治体DXの新潮流:デジタル技術で実現する「プッシュ型」行政サービスへの転換
地方創生におけるデジタル技術の活用が様々な形で進められています。行政手続きのオンライン化や業務の効率化といった取り組みが進む中で、今、「プッシュ型」の行政サービスへの転換が注目されています。これは、従来の住民が自ら情報を探し、申請を行う「プル型」サービスに対し、自治体が住民の状況やニーズを把握し、必要な情報やサービスを適切なタイミングで能動的に提供するものです。
本記事では、この「プッシュ型」行政サービスとは何か、デジタル技術がその実現にどう貢献するのか、そして自治体が直面する現実的な課題や今後の政策論点について掘り下げてまいります。住民サービスの質向上と、職員の業務効率化の両立を目指す上で、プッシュ型サービスへの理解を深めることは、自治体DXを進める上で重要な視点となります。
「プッシュ型」行政サービスが求められる背景
従来の「プル型」サービスの限界
従来の行政サービスは、基本的に住民からの申請や問い合わせを待つ「プル型」でした。例えば、子育てに関する給付金制度や、利用できる助成金、必要な手続きなどについて、住民は広報誌や自治体のウェブサイトを確認したり、窓口に問い合わせたりして情報を得る必要がありました。
この方式には、以下のような課題があります。 * 住民が必要な情報やサービスに気づきにくい、探しにくい。 * 申請漏れや手続き忘れが発生し、住民が不利益を被る可能性がある。 * 情報格差やデジタルリテラシーの差により、必要なサービスにアクセスできない住民が生じる。 * 職員は定型的な問い合わせ対応に追われ、より複雑なケースや企画業務に時間を割きにくい。
高まる住民ニーズと社会課題への対応
少子高齢化、人口減少、地域経済の衰退といった地方が抱える課題は深刻化しています。こうした状況下で、自治体には、住民一人ひとりの状況に寄り添った、よりきめ細やかなサービスの提供が求められています。例えば、高齢者の見守り支援、子育て世帯への情報提供、被災者への迅速な支援など、対象者の状況変化に応じて自治体側から積極的にアプローチするニーズが高まっています。
また、デジタル技術の普及により、民間サービスでは個々の利用者に最適化された情報が提供されるのが一般的になっています。こうした体験に慣れた住民は、行政サービスにも同様のパーソナライズされた対応を期待するようになっています。
デジタル技術は「プッシュ型」行政サービスをどう実現するか
「プッシュ型」サービスを実現するためには、住民の状況を正確に把握し、その状況に基づいて適切な情報やサービスを選択・提供する仕組みが必要です。ここでデジタル技術が重要な役割を果たします。
1. データ連携と統合
自治体の様々な部署が保有する住民に関するデータ(住民基本台帳、税情報、福祉情報、子育て情報、防災情報など)を、法制度や個人情報保護に配慮しつつ、必要に応じて連携・統合することが基盤となります。これにより、住民のライフイベント(結婚、出産、転居など)や状況変化(所得変動、被災など)をシステム側で把握しやすくなります。
例えば、子育て関連の部署データと住民基本台帳データが連携されていれば、新生児が生まれた世帯を自動的に検知し、子育て支援に関する情報や手続き案内を能動的に提供することが可能になります。
2. データ分析とAI活用
蓄積・連携されたデータを分析することで、個々の住民のニーズや、特定のサービスが必要になる可能性のある住民層を予測することが可能になります。AI(人工知能)を活用すれば、より複雑な要因を分析し、個別に最適化された情報提供やサービス推奨を行える可能性があります。
例えば、過去のデータから特定の条件に合致する高齢者が、将来的に見守り支援を必要とする可能性が高いと予測し、事前に情報提供を行うことなどが考えられます。
3. 通知・コミュニケーションツールの活用
住民への情報提供手段として、デジタルツールが有効です。 * マイナポータル連携: マイナポータルを通じて、個人宛の通知や手続き案内を送付できます。 * 自治体公式アプリ: アプリのプッシュ通知機能を活用し、パーソナライズされた情報を提供できます。 * SMS/Eメール: 緊急度の高い情報や、特定の住民への個別連絡手段として利用できます。 * LINE等のSNS: 友だち登録した住民に対して、セグメントに応じた情報発信が可能です。
重要なのは、これらのツールを単に情報を流すだけでなく、住民の状況変化に応じてトリガー(引き金)を設定し、自動的・計画的に情報が「プッシュ」される仕組みを構築することです。
4. RPA等による自動化
プッシュ型サービスによって発生する可能性のある、定型的な手続き(例:特定の申請書の自動作成、関連部署への情報伝達など)をRPA(Robotic Process Automation)などを活用して自動化することで、職員の作業負担を軽減し、サービスの迅速化を図ることができます。
自治体が「プッシュ型」サービスの実現に向けて直面する課題
プッシュ型サービスは多くのメリットをもたらす可能性がある一方、自治体にはいくつかの乗り越えるべき現実的な課題が存在します。
1. データ基盤の整備とデータ連携
最も根本的な課題の一つは、自治体内のデータが部署ごとに分断され、システムも標準化されていないことです。住民情報を横断的に活用するためには、データの定義を標準化し、部署を跨いだデータ連携基盤を構築する必要があります。これは、多くの時間とコスト、そして関係部署間の調整を要する作業です。
2. 個人情報保護と住民の同意
住民の状況を把握し、きめ細やかなサービスを提供するためには、個人情報の活用が不可欠です。しかし、住民のプライバシー保護は最大限に配慮されなければなりません。どのようなデータを、どのような目的で活用するのかを明確にし、住民への丁寧な説明と、必要に応じた同意取得の仕組みを構築することが重要です。住民からの信頼を得られなければ、取り組み自体が進みません。
3. システム改修と導入コスト
プッシュ型サービスを実現するための新たなシステム開発や、既存システムの連携・改修には、多額の費用がかかる場合があります。限られた財源の中で、費用対効果を見極め、計画的に投資を進める必要があります。また、国のクラウド標準化基準に沿ったシステムへの移行も視野に入れる必要があります。
4. 人材育成と組織文化の変革
データを活用し、サービス設計を行う専門人材の育成・確保が必要です。また、従来の「待ち」の姿勢から、積極的に住民に働きかける「攻め」の姿勢へと、職員の意識や組織文化を変革していくことも重要な課題です。部署間の連携強化も不可欠となります。
5. デジタルデバイドへの配慮
全ての住民がスマートフォンやインターネットを日常的に利用しているわけではありません。デジタル技術を活用したプッシュ型サービスは有効ですが、情報を受け取れない住民層(高齢者、低所得者など)への配慮が不可欠です。プッシュ通知と並行して、電話や郵送、地域住民とのネットワークを通じた情報伝達手段を確保するなど、デジタルデバイド対策とセットで検討を進める必要があります。
政策論点と今後の展望
「プッシュ型」行政サービスの推進は、個々の自治体の努力だけでなく、国による政策的な後押しも重要です。
- データ連携基盤の標準化と整備: 国が主導し、自治体間のデータ連携を容易にするための技術的・法的な基盤整備を進める必要があります。
- 個人情報保護法制の見直しとガイドライン策定: 住民データの活用促進とプライバシー保護の両立を図るため、現行法制度の運用や解釈を明確にし、自治体が安心して取り組めるガイドラインを示すことが求められます。
- 自治体への技術的・財政的支援: プッシュ型サービス実現に必要なシステム導入や人材育成に対する財政的支援、技術的なノウハウ提供、成功事例の共有などが不可欠です。
- デジタルデバイド解消に向けた包括的な施策: 全ての住民がデジタルサービスの恩恵を受けられるよう、デジタルスキル向上のための研修支援や、公共施設でのサポート体制整備などを強化する必要があります。
プッシュ型サービスへの転換は、自治体DXの最終的な目標の一つと言えるかもしれません。これは単なる技術導入ではなく、住民一人ひとりのウェルネス向上に貢献する行政のあり方そのものを見直す取り組みです。
まとめと議論への誘い
本記事では、「プッシュ型」行政サービスがなぜ重要であり、デジタル技術がその実現にどう貢献するのか、そして自治体が直面する課題や政策論点について考察しました。データ連携、AI活用、コミュニケーションツールの活用が鍵となりますが、同時に個人情報保護、コスト、人材、デジタルデバイドといった課題への丁寧な対応が必要です。
あなたの自治体では、「プッシュ型」サービスに関してどのような課題を感じていますか? どのようなサービスから着手するのが現実的だと考えますか? データ活用や住民同意形成について、どのような議論が必要でしょうか?
ぜひ、未来地域デジタルフォーラムで、皆さんのご意見や経験を共有し、より良い地域社会の実現に向けた議論を深めていきましょう。