デジタル技術で強化する地域の「守り」:防災・減災分野における自治体の取り組みと政策論点
はじめに:高まる災害リスクとデジタル技術への期待
日本は地震、台風、豪雨など、様々な自然災害のリスクが高い国です。近年、気候変動の影響もあり、これまで経験したことのない規模の災害が発生することも珍しくありません。こうした状況において、地域住民の生命と財産を守るための防災・減災対策は、地方自治体にとって喫緊の課題であり続けています。
従来の防災対策は、アナログな情報伝達手段や人的リソースに頼る部分が多く、情報の収集・分析の遅れ、住民への情報伝達の課題、避難行動の判断の難しさなどが指摘されてきました。これらの課題を克服し、より迅速かつ効果的な対応を実現するために、デジタル技術の活用が注目されています。
本記事では、防災・減災分野においてデジタル技術がどのように活用されているのか、具体的な取り組み事例や、導入・運用における課題、そして今後の政策的な議論に繋がる論点について考察します。
防災・減災分野におけるデジタル技術の具体的な応用
デジタル技術は、災害発生前から発生中、発生後まで、様々なフェーズで活用されています。主な応用分野とその技術例をご紹介します。
1. 災害情報の収集・分析の高度化
- センサー・IoT(モノのインターネット): 河川の水位計、雨量計、傾斜計などにIoTセンサーを設置することで、リアルタイムでのデータ収集が可能になります。これにより、危険区域の早期把握や警戒レベルの迅速な判断に役立てられます。
- ビッグデータ・AI: 過去の災害データ、気象データ、地形データ、人口動態データなどをAIで分析することで、災害発生リスクの高い地域や時間帯を予測したり、被害規模を推定したりすることが可能です。また、SNS上の情報をリアルタイムで収集・分析し、被災状況や住民のニーズを把握する取り組みも進められています。
- ドローン・衛星画像: ドローンによる空撮や衛星画像を用いることで、広範囲にわたる被災状況を迅速かつ詳細に把握できます。これにより、孤立地域の発見や救援ルートの特定などに貢献します。
2. 住民への情報伝達・共有の強化
- 多様な通信手段の活用: 災害情報は、テレビ、ラジオ、防災無線だけでなく、スマートフォンアプリ、LINE、SNS、メール、デジタルサイネージなど、多様な手段を通じて発信することが重要です。住民が普段から使い慣れているツールを活用することで、情報伝達の確実性を高めます。
- GIS(地理情報システム)の活用: ハザードマップと住民情報をGIS上で重ね合わせることで、リスクの高い地域に居住する住民を特定し、個別に避難情報を発信するといった、きめ細やかな対応が可能になります。ウェブ上で公開されるインタラクティブなハザードマップは、住民自身の避難計画にも役立ちます。
- プッシュ型情報の提供: 住民があらかじめ登録した情報(居住地、家族構成など)に基づき、必要な災害情報を自動的にプッシュ通知する仕組みは、特に高齢者や障がいのある方など、情報取得に困難を伴う可能性のある方々への情報保障として有効です。
3. 避難行動・避難所運営の効率化
- 避難行動支援アプリ: 現在地や災害情報を元に、安全な避難ルートや最寄りの避難所を検索できるアプリが開発されています。AR(拡張現実)技術を用いて、避難所までのルートをスマートフォンの画面上に表示するといった機能もあります。
- 避難所管理システム: 避難所の開設状況、収容人数、混雑状況、物資の在庫などをデジタルで一元管理するシステムです。これにより、避難所の適切な誘導、物資の効率的な配分、避難者ニーズの迅速な把握が可能になり、現場の負担を軽減します。
4. 初動対応・復旧支援の迅速化
- 被害状況のデジタルマッピング: ドローンや地上からの写真・動画、住民からの報告などをGIS上に集約し、被害状況マップをリアルタイムで作成します。これは、緊急車両の派遣や復旧作業の優先順位付けに不可欠です。
- 罹災証明書発行のオンライン化: 被災者が罹災証明書の申請や発行手続きをオンラインで行えるようにすることで、手続きの負担を軽減し、早期の生活再建を支援します。
自治体におけるデジタル防災の導入事例
いくつかの自治体では、すでにデジタル技術を活用した先進的な取り組みを進めています。
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事例:河川氾濫リスク予測と連携した地域防災情報システム(匿名A市)
- 目的: 河川水位センサーや気象データと連携し、高精度な河川氾濫リスク予測を行い、住民への早期警戒情報発信を強化すること。
- 技術: IoTセンサーネットワーク、リアルタイムデータ処理プラットフォーム、GIS、住民向けプッシュ通知システム(アプリ、LINE連携)。
- 成果: 従来よりも早い段階での警戒レベル発令が可能になり、住民の避難行動を促す効果が期待されています。また、リスクが高い地域をGIS上で可視化することで、職員の状況判断も迅速化しました。
- 課題: システムの維持管理コスト、住民のアプリ登録率向上、高齢者などスマートフォンを持たない住民への代替手段の確保。
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事例:避難所運営デジタル化による効率化(匿名B町)
- 目的: 災害時における避難所運営業務(受付、氏名リスト作成、物資管理)の負担を軽減し、より円滑な避難所運営を実現すること。
- 技術: タブレットを用いた避難者受付システム(QRコード活用など)、クラウドベースの物資管理システム。
- 成果: 避難者のチェックイン・チェックアウトが迅速化し、紙ベースでの管理に比べて大幅に職員の負担が軽減されました。リアルタイムで避難所ごとの状況を把握できるようになったため、本部からの指示も的確に行えるようになりました。
- 課題: 災害時のネットワーク環境確保、職員へのシステム操作研修、停電時への対応。
デジタル防災・減災推進における課題と克服へのアプローチ
デジタル技術の活用は強力なツールとなり得ますが、導入・推進には様々な課題が伴います。
- 財源・コスト: 高度なシステム導入や運用には、相応の費用がかかります。限られた財源の中で、費用対効果の高い投資を見極める必要があります。
- アプローチ: 国の補助制度の活用、他自治体との共同調達によるコスト削減、段階的な導入、既存システムとの連携による新規開発費の抑制。
- 人材不足: デジタル技術に詳しい職員や、システムを運用・管理できる人材が不足している自治体は少なくありません。
- アプローチ: 外部専門家の活用、職員の育成プログラム実施、民間事業者との連携、地域住民や企業の協力によるサポート体制構築。
- 住民・職員のITリテラシー格差: デジタル機器の操作に不慣れな住民や職員がいる場合、システムが十分に活用されない可能性があります。
- アプローチ: 高齢者向けデジタル教室の実施、分かりやすいマニュアル作成、操作サポート体制の構築、平時からの継続的な訓練。
- システム連携・データ標準化: 各自治体や関係機関(消防、警察、医療機関、インフラ事業者など)が持つシステムやデータ形式が統一されていない場合、スムーズな情報連携が困難になります。
- アプローチ: 国が進めるデータ標準化への準拠、API連携の推進、自治体間の情報共有協定の締結。
- 平時の取り組み: 災害時にシステムを有効活用するためには、平時からのシステム運用訓練や住民への周知・啓発活動が不可欠です。
- アプローチ: 定期的な避難訓練におけるデジタルツールの活用、地域住民向けの説明会や体験会の実施、広報誌やウェブサイトを通じた継続的な情報提供。
政策論点:未来の地域安全のために議論すべきこと
デジタル技術を活用した防災・減災を推進するためには、自治体の取り組みだけでなく、国や都道府県、そして地域全体で議論し、政策として方向性を示す必要があります。
- 国・自治体間の役割分担と連携の強化: 災害情報は国・都道府県・市町村を跨いで共有されるべきですが、そのためのシステム連携やデータ標準化は道半ばです。どのような情報を、誰が、どのように収集・共有し、誰が責任を持って住民に伝達するのか、明確なルールと技術的基盤の整備が求められます。
- デジタルデバイド解消に向けた公的な支援: スマートフォンを持たない住民や、デジタル操作が困難な住民に対する情報保障は、災害時の生命に関わる重要な課題です。行政として、どのような代替手段(電話、アナログ回線FAX、紙媒体など)を確保し、デジタルにアクセスできない住民への支援を制度化していくべきでしょうか。
- デジタル技術導入への財政的支援と人材育成: 自治体の財政力や人材確保能力には差があります。特に小規模自治体でも必要なデジタル技術を導入・運用できるよう、国や都道府県による財政支援の拡充や、広域的な人材育成・サポート体制の構築が必要です。
- AI予測と人の判断: AIによる災害リスク予測は有効ですが、最終的な避難勧告・指示は自治体職員が判断する必要があります。AIの情報をどのように解釈し、住民への伝達責任をどこに置くのか、AI利用における倫理的なガイドラインや職員研修のあり方も重要な論点となります。
- プライバシーとセキュリティ: 住民情報や位置情報、被災状況に関するデータは極めて機微な情報です。これらのデータを収集・活用する際のプライバシー保護と、サイバー攻撃などによる情報漏洩を防ぐためのセキュリティ対策は、技術的な側面だけでなく、法制度や運用体制も含めて議論されるべきです。
結論:デジタル技術を「使いこなす」地域社会へ
防災・減災分野におけるデジタル技術の活用は、より迅速で効果的な災害対応を実現し、地域住民の安全を高める上で非常に大きな可能性を秘めています。しかし、単に新しい技術を導入するだけでなく、それを地域の実情に合わせて「使いこなす」ための体制づくり、人材育成、そして住民を含めた地域全体での理解と協力が不可欠です。
特に、デジタル技術がもたらす情報伝達や避難行動の変化は、従来の災害対策のあり方を見直すきっかけとなります。すべての住民が必要な情報を得て、適切な行動をとれるようにするためには、デジタル格差への配慮や、技術だけに頼らない多角的なアプローチが求められます。
これらの課題に対して、他の自治体の経験に学び、成功・失敗事例を共有し、地域の未来を見据えた政策的な議論を深めていくことが、『未来地域デジタルフォーラム』の重要な役割だと考えています。皆様の地域での取り組み事例や、防災・減災におけるデジタル活用の課題、そして国や自治体に対してどのような政策が必要かといったご意見を、ぜひコミュニティで共有していただければ幸いです。