デジタル技術で変わる地方の「足」:オンデマンド交通とMaaSの導入事例と政策論点
地方の交通課題とデジタル技術への期待
日本の多くの地方地域では、高齢化の進行や人口減少に伴い、公共交通網の維持が困難になりつつあります。路線バスの廃止や減便、タクシー事業者の撤退などにより、住民、特に高齢者や交通弱者にとっての「足」の確保が深刻な課題となっています。これは単に移動手段の問題にとどまらず、通院、買い物、社会参加の機会を奪い、地域の活力低下にも繋がる喫緊の課題です。
このような状況に対し、近年、デジタル技術を活用した新しい地域交通のあり方が注目されています。特に「オンデマンド交通」や「MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)」といった概念が、地方の交通課題解決の鍵となる可能性を秘めています。この記事では、これらのデジタル技術が地方の「足」をどのように変えうるのか、その導入の具体策、直面しうる課題、具体的な事例、そして今後の政策論点について深掘りしていきます。
オンデマンド交通とは
オンデマンド交通とは、利用者の予約やリクエストに応じて、出発地から目的地までを最適ルートで運行する交通システムです。決まった路線や時刻表がなく、AIなどがリアルタイムに最適なルートや配車を計算します。デマンド交通や予約制乗合タクシーなどと呼ばれることもあります。
導入のメリットと課題
オンデマンド交通の主なメリットは、以下の点です。
- 柔軟性: 利用者のニーズに合わせて運行するため、無駄な運行が減り効率的です。
- 利便性: 自宅近くから目的地まで移動できるなど、ドア・ツー・ドアに近いサービスを提供できます。
- コスト効率: 固定的な路線バスと比較して、利用状況に応じた運行となるため、運行経費を抑えられる可能性があります。
一方で、導入にはいくつかの課題も伴います。
- システム導入コスト: 配車システムや予約システムの開発・導入に初期費用がかかります。
- 利用者リテラシー: スマートフォンアプリでの予約など、デジタル操作が必要な場合に、高齢者など一部の住民が利用しにくい場合があります。電話予約などの代替手段の確保が重要です。
- 運行主体: 既存のタクシー事業者やバス事業者との連携、あるいは新たな運行主体の確保が必要です。
MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)とは
MaaSは、電車、バス、タクシー、オンデマンド交通、レンタサイクル、カーシェアなど、多様な公共交通や移動サービスを、情報通信技術(ICT)を活用して連携させ、一つのサービスとして提供する概念です。利用者は、スマートフォンアプリなどで、経路検索、予約、決済などを一度に行えるようになります。
地方におけるMaaSの可能性
都市部で先行するMaaSですが、地方においても独自の形で発展する可能性を秘めています。
- 観光分野との連携: 駅や空港からの二次交通(レンタカー、タクシー、オンデマンド交通)と観光施設、宿泊施設、体験プログラムなどを連携させることで、周遊観光の利便性を高めることができます。
- 地域住民の生活支援: 自宅から最寄りのバス停、バス停から病院や商業施設までの移動手段を最適に組み合わせ、予約・決済を一元化することで、日常的な移動をスムーズにします。
- 地域経済活性化: 移動の利便性向上は、地域内の消費活動や交流を促進する可能性があります。
しかし、地方でのMaaS実現には、都市部とは異なる課題があります。
- 交通手段の多様性の限界: 都市部ほど多様な交通手段が存在しない地域もあります。
- 事業者間の連携: 既存の交通事業者、観光事業者、地域店舗など、多様な主体間のデータ連携や収益分配モデルの構築が複雑です。
- 収益モデルの確立: 公共性の高いサービスであるため、どのように収益を確保し、持続可能な事業としていくかが課題となります。
導入・運用の現実的な課題とその克服
自治体がオンデマンド交通やMaaSを導入・運用する際には、以下のような現実的な課題に直面します。
- 財源の確保: 初期投資だけでなく、運行経費に対する継続的な財政支援が必要となる場合があります。国の交付金や補助金、地域内企業からの協賛金、クラウドファンディングなど、多様な財源確保策を検討する必要があります。
- 住民の理解と利用促進: デジタル操作に不慣れな住民への丁寧な説明会、利用サポート窓口の設置、電話予約の併用など、誰一人取り残されないための配慮が不可欠です。地域住民がサービスの意義を理解し、積極的に利用してもらうための啓発活動も重要です。
- 運行主体の確保と連携: 既存の交通事業者が新たなシステム導入に消極的な場合や、地域に運行を担える事業者がいない場合があります。地域内で協力可能なNPOや住民団体、あるいは地域外の専門事業者との連携など、地域の実情に合わせた運行体制を検討する必要があります。
- データ活用とプライバシー: 運行データや利用データを収集・分析することで、サービスの最適化や新たな政策立案に繋げられますが、住民のプライバシーに配慮したデータの取り扱いルール整備が必要です。
事例から学ぶ:地域に根差したデジタル交通の取り組み
いくつかの自治体では、地域の実情に合わせた形でデジタル技術を活用した交通システムを導入し始めています。
例えば、ある中山間地域では、路線バスが廃止されたエリアを中心に、AIを活用したオンデマンド交通を導入しました。当初は予約方法に関する問い合わせが多く寄せられましたが、公民館などに出張窓口を設け、職員や地域住民ボランティアが使い方を丁寧に教えることで、高齢者の利用率が向上しました。また、日中の病院や買い物への移動だけでなく、地域の集会やイベントへの参加にも利用されるようになり、住民の外出機会の増加に貢献しています。
別の観光地では、複数の交通事業者(バス、タクシー、フェリー)と連携し、スマートフォンのアプリ一つでルート検索から予約、決済までが完結する地域版MaaSの実証実験を行いました。観光客の周遊性が高まり、地域内の消費額が増加するという効果が見られましたが、参加事業者間のデータ連携やシステム改修にかかる費用、共通決済システムの導入コストが課題として挙がっています。
これらの事例からわかるのは、単に最新技術を導入するだけでなく、地域の地形や人口構成、既存の交通サービス、住民のニーズやリテラシーを十分に把握し、きめ細やかな運用設計と持続可能な運営体制を構築することが成功の鍵となるという点です。
今後の政策論点
地方におけるデジタル技術を活用した地域交通の推進には、国や自治体レベルでの政策的な後押しが不可欠です。
- 財政支援の拡充と継続: オンデマンド交通やMaaSシステムの導入・実証実験だけでなく、運行経費や保守・改修に対する継続的な財政支援が必要です。地域の実情に合わせた柔軟な補助金制度や交付金制度の設計が求められます。
- 法制度・規制の見直し: AI配車システムや相乗りサービスの導入に関する法的な位置づけや規制緩和、多様な主体(NPO、企業、個人ドライバーなど)が運行を担いやすくするための制度設計も議論すべきでしょう。
- 標準化とデータ連携基盤: 異なるシステム間でのデータ連携を容易にするための標準仕様の策定や、地域間で共有可能なデータ連携基盤の整備は、広域連携や効率的なサービス提供に繋がります。
- 人材育成とサポート体制: 自治体職員や地域住民がデジタル交通システムを理解し、運用やサポートを担えるような人材育成プログラムや専門家の派遣・相談体制の構築が必要です。
- 公共交通としての位置づけ: デジタル技術を用いた新しい交通サービスを、従来の公共交通とどのように位置づけ、地域交通計画の中に組み込んでいくか、既存事業者との共存のあり方を含めて検討する必要があります。
議論への呼びかけ
デジタル技術は、地方の交通課題を克服し、住民の生活の質を高めるための強力なツールとなりえます。しかし、その導入・運用は容易ではなく、多くの課題が存在します。皆様の自治体では、地域交通に対してどのような課題を抱えていらっしゃるでしょうか。また、デジタル技術の活用について、どのような取り組みを検討・実施されていますか。成功事例や失敗事例から得られた教訓、あるいは必要だと感じる政策支援などについて、ぜひこのフォーラムで意見交換を進め、より良い地域交通の実現に向けた政策提言に繋げていきましょう。