自治体DXを安全に進めるためのセキュリティ対策:リスク管理と住民の信頼確保
地方自治体DXにおけるセキュリティ対策の重要性
近年、地方自治体においても、行政サービスの向上や業務効率化を目指し、デジタル技術の活用(DX)が急速に進められています。オンライン申請の導入、AIによる問い合わせ対応、クラウドサービスの利用拡大など、様々な取り組みが進められる一方で、保有する個人情報や機密情報の量が増加し、ネットワークが外部と接続される機会が増えるなど、セキュリティリスクも同時に増大しています。サイバー攻撃の手法は巧妙化しており、ひとたびインシデントが発生すれば、住民情報の漏洩による信頼失墜、システム停止による行政サービスの麻痺、復旧にかかる膨大なコストなど、深刻な影響を及ぼす可能性があります。
自治体DXを推進することは喫緊の課題ですが、それは強固なセキュリティ基盤の上に成り立たなければなりません。セキュリティ対策はDXの「おまけ」ではなく、その成功と持続可能性を保証するための「基盤」であると認識することが不可欠です。この点について、具体的なリスクと対策、そして政策的な論点について考えてまいります。
自治体DXにおける主なセキュリティリスクとは
地方自治体がDXを進める上で直面しうる主なセキュリティリスクには、以下のようなものが挙げられます。
- 情報漏洩: 住民基本台帳データ、税情報、医療情報、マイナンバーなどの個人情報や、議事録などの機密情報が外部に流出するリスクです。標的型攻撃メール、不正アクセス、内部犯行、機器の紛失などが原因となります。
- システム停止・機能不全: ランサムウェアによるデータ暗号化やDDoS攻撃(大量の通信を送りつけシステムを麻痺させる)などにより、行政システムが利用できなくなり、窓口業務やオンラインサービスが停止するリスクです。
- データの改ざん・消失: 行政システム上のデータが不正に変更されたり、削除されたりするリスクです。誤った情報に基づく行政判断や、行政サービスの提供不能に繋がります。
- なりすまし・不正アクセス: 職員や住民になりすましてシステムにアクセスし、不正な操作を行うリスクです。行政サービスを悪用されたり、システム内部への侵入を許したりする可能性があります。
- 供給元のリスク: 外部委託先のベンダーや利用しているクラウドサービス事業者におけるセキュリティ対策の不備が、自らのリスクとなるケースです。
これらのリスクは相互に関連しており、単一の対策だけでは不十分です。包括的なアプローチが求められます。
講じるべき具体的なセキュリティ対策
これらのリスクに対処するためには、技術的な対策、組織的な対策、物理的な対策を組み合わせて実施する必要があります。
技術的対策
- 多要素認証の導入: システムログイン時に、パスワードだけでなく、職員のスマートフォンを使った認証やICカードなど、複数の要素での認証を義務付けることで、不正ログインのリスクを低減します。
- データの暗号化: 個人情報を含む重要なデータは、保存時および通信時に暗号化を行います。これにより、万が一データが漏洩しても、内容を読み取られるリスクを減らすことができます。
- 脆弱性対策: 利用しているOSやソフトウェアの脆弱性を悪用した攻撃を防ぐため、常に最新の状態にアップデートします。また、定期的にシステムの脆弱性診断を実施することも重要です。
- 不正侵入検知・防御システムの導入: 不審な通信や不正なアクセスを検知し、防御するシステム(IDS/IPS)を導入します。
- バックアップと復旧計画: システム障害やサイバー攻撃に備え、定期的にデータのバックアップを取得し、迅速にシステムを復旧させるための計画を策定・訓練しておきます。
組織的対策
- セキュリティポリシーの策定と周知徹底: 情報セキュリティに関する基本的な考え方、遵守事項、罰則などを定めたポリシーを策定し、全職員に周知徹底します。
- 職員向けセキュリティ研修の実施: 標的型攻撃メールの見分け方、パスワード管理、情報持ち出しに関するルールなど、職員一人ひとりのセキュリティ意識を高めるための定期的な研修を実施します。
- インシデント対応計画の策定と訓練: セキュリティインシデントが発生した場合の連絡体制、初動対応、被害拡大防止策、復旧手順などを定めた計画(CSIRTなど)を策定し、定期的に訓練を行います。
- 外部委託先の管理: 業務を外部に委託する際は、委託先のセキュリティ対策状況を確認し、契約においてセキュリティ要件を明確に定めます。
物理的対策
- 入退室管理の徹底: サーバールームなど重要な情報資産がある場所への入退室を厳格に管理します。
- 機器の管理: パソコンやUSBメモリなどの情報機器の持ち出しルールを定め、紛失・盗難時の対策を講じます。
中小規模自治体でもできる対策のステップ
財源や専門人材が限られる中小規模自治体においても、実現可能なステップがあります。
- 現状把握とリスク評価: まずは、どのような情報資産があり、どのようなリスクが存在するのかを洗い出し、優先順位をつけます。すべての対策を一度に行うことは難しいため、リスクの高い部分から着手します。
- 基本的な対策の徹底: 技術的に高度な対策よりも、パスワードルールの設定、不要なアカウントの削除、OSやソフトウェアのアップデート、怪しいメールを開かないといった基本的な対策を職員全体で徹底することが重要です。
- 専門家の活用: 自治体内に専門家がいない場合は、外部のセキュリティコンサルタントやサービスプロバイダーの助言を得たり、共同で対策を進めたりすることを検討します。国の支援制度や共同利用できるセキュリティサービスの情報収集も有効です。
- クラウドサービスの活用: セキュリティ対策が施されたクラウドサービスを適切に利用することで、自前で高レベルな対策を講じるよりもコストを抑えつつ安全性を高められる場合があります。ただし、サービス選定や設定には注意が必要です。
- 自治体間の連携: 他の自治体と情報交換を行い、成功事例や直面している課題について共有することで、自らの対策の参考とすることができます。
住民の信頼確保と説明責任
自治体DXにおけるセキュリティ対策は、単にシステムを守るだけでなく、住民の重要な情報を預かる責務を果たすこと、ひいては住民からの信頼を確保することに繋がります。万が一インシデントが発生した場合には、迅速かつ正確な情報公開、影響範囲の説明、再発防止策の提示など、住民への説明責任を果たすことが不可欠です。日頃から、個人情報保護方針や情報セキュリティへの取り組みについて、分かりやすく住民に伝える努力も求められます。
政策的な論点
自治体DXの安全な推進には、個々の自治体の努力だけでなく、国や他の自治体との連携、そして政策的な後押しが重要になります。
- 国の支援とガイドラインの標準化: 中小規模自治体でも取り組みやすい、財政的・技術的な支援策や、統一的かつ実践的なセキュリティガイドラインの策定・普及が求められます。
- 自治体間の連携と情報共有体制の強化: インシデント発生時の情報共有や、平時からのセキュリティ対策に関するノウハウ共有を促進する仕組みが必要です。
- セキュリティ人材育成・確保の支援: 自治体職員のセキュリティに関する知識・スキル向上に向けた研修プログラムの提供や、専門人材確保に向けた支援策が不可欠です。
まとめと今後の展望
自治体DXは、地方創生を実現するための強力なツールとなり得ますが、セキュリティ対策はその基盤です。リスクを正しく理解し、技術的・組織的な対策を計画的に実施し、何よりも住民の信頼を失わないよう努めることが重要です。
セキュリティ対策は一度行えば終わりではなく、常に変化する脅威に対応するための継続的な取り組みが求められます。他の自治体の取り組みや、最新のセキュリティ動向を学び続けることも不可欠でしょう。
未来地域デジタルフォーラムでは、セキュリティに関する実践的な課題や、国や自治体が進めるべき政策について、皆様と議論を深めていきたいと考えております。皆様の自治体での取り組みや、セキュリティに関する疑問、政策への提言など、ぜひ積極的なご意見をお寄せください。