限られたリソースで進める自治体DX人材育成:計画策定から実践まで
なぜ地方自治体に「デジタル人材」が必要なのか
地方創生と地域活性化において、デジタル技術の活用はもはや避けて通れない重要な要素となっています。行政サービスの効率化、住民サービスの向上、地域産業の振興、防災対策の強化など、多岐にわたる分野でデジタル技術が求められています。これらの取り組みを推進するためには、デジタル技術を理解し、適切に活用・導入・運用できる人材、いわゆる「デジタル人材」の存在が不可欠です。
しかし、多くの地方自治体では、都市部に比べてデジタル技術に関する専門知識を持つ人材が不足しているという現状があります。新たな人材の採用が難しい、既存職員のITリテラシーにばらつきがある、研修にかける予算や時間が限られているなど、様々な課題に直面していることと思います。
本稿では、こうした限られたリソースの中で、地方自治体がどのようにデジタル人材を育成・確保し、DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進していくべきかについて、計画策定から実践までの具体的なステップや考え方をご提案いたします。
自治体におけるデジタル人材育成・確保の課題
自治体におけるデジタル人材の課題は多岐にわたります。
- 専門人材の不足: 民間企業との採用競争、魅力的な条件提示の難しさから、即戦力となる専門人材の確保が困難です。
- 既存職員のスキルギャップ: 全職員がデジタル技術に習熟しているわけではなく、部署間や年齢層によるITリテラシーの差が大きい傾向があります。
- 育成ノウハウの不足: 職員をどのように育成すればよいのか、具体的な研修プログラムやキャリアパスの設計に関する知見が蓄積されていない場合があります。
- 予算・時間の制約: 研修費用や、通常業務と並行して育成を行うための人員・時間の確保が難しい現実があります。
- 人事異動のリスク: せっかく育成した人材が異動してしまうと、その部署での取り組みが停滞する可能性があります。
これらの課題を克服するためには、計画的かつ多角的なアプローチが必要です。
地方自治体におけるデジタル人材育成計画の策定
まず、闇雲に研修を行うのではなく、現状と将来の目標に基づいた計画を策定することが重要です。
- 現状把握と目標設定:
- 現在、庁内にどのようなデジタルスキルを持つ人材が、どの部署にどの程度いるのかを把握します(職員へのアンケート、ヒアリングなど)。
- 今後どのようなデジタル施策を進めたいのか、そのためにはどのようなスキルを持つ人材が、いつまでに、何人必要なのか、具体的な目標を設定します。例えば、「〇年後までに、地域データの分析ができる職員を各部署に1名ずつ配置する」「住民向けオンラインサービスに関する問い合わせに対応できる職員を〇名育成する」などです。
- 必要なスキルと人材像の定義:
- 目標達成のために必要な具体的なスキル(例:データ分析、クラウド活用、セキュリティ知識、プロジェクトマネジメント、UI/UX設計など)を定義します。
- 庁内で育成したい人材像(例:DX推進リーダー、データサイエンティスト補佐、サービスデザイナーなど)を明確にします。
- 育成対象者の選定とアプローチ:
- 育成対象となる職員を選定します。全員を対象とする基礎研修から、特定のスキルを持つ専門人材育成まで、対象者に応じた複数段階のアプローチを検討します。
- 職員の意欲や適性を見極め、キャリアパスと連動させることで、育成効果とモチベーションを高めます。
- 育成方法とプログラムの設計:
- 定義したスキルを習得するための具体的な育成方法(OJT、外部研修、eラーニング、資格取得支援、庁内勉強会など)を組み合わせ、プログラムを設計します。
- 限られた予算の中で効果を最大化できるよう、コストパフォーマンスの高い方法を優先的に検討します。例えば、国や都道府県が提供する無償の研修プログラムを活用したり、自治体同士で連携して合同研修を実施したりするなども有効です。
- 評価と継続的な改善:
- 育成プログラムの効果を定期的に評価し、必要に応じて内容を見直します。
- 育成した人材のスキルを維持・向上させるための継続的な学習機会を提供します。
実践的な育成・確保の手法
計画に基づき、具体的な育成・確保を実践します。
- 庁内研修の実施: 外部講師を招いたり、庁内のスキルを持つ職員が講師となったりして、基本的なデジタルリテラシーから特定のツールの使い方まで、段階的な研修を実施します。特に、身近なツール(例:表計算ソフト、クラウドストレージ)の高度な活用方法などは、日々の業務効率化に直結し、職員のデジタルへの抵抗感を減らすのに役立ちます。
- eラーニングの活用: 時間や場所を選ばずに学習できるeラーニングは、多忙な自治体職員にとって有効な手段です。専門機関やオンラインプラットフォームが提供するプログラムを活用します。
- 外部研修・セミナーへの参加: 特定分野の専門スキル習得や最新情報のキャッチアップのために、外部の専門機関や企業の研修・セミナーへの参加を支援します。
- OJTとメンター制度: 実際の業務を通じてスキルを習得させるOJTは非常に重要です。庁内のデジタルに詳しい職員をメンターとする制度を設けることで、実践的な学びを促進できます。
- プロジェクトを通じた実践: 実際のデジタル導入プロジェクトに職員を参画させることで、座学では得られない実践的なスキルと経験を積ませます。小さな成功体験を積み重ねることが重要です。
- 資格取得支援: デジタル関連の公的な資格やベンダー資格などの取得を支援し、職員のスキルを客観的に評価し、モチベーションを高めます。
外部人材の活用と連携
庁内での育成には限界があるため、外部人材の活用や外部機関との連携も不可欠です。
- 専門人材の採用: 民間での実務経験を持つ専門人材を、任期付職員や嘱託職員、あるいは会計年度任用職員として採用する枠を設けることも検討します。待遇や働き方を工夫し、魅力的な条件を提示する努力が必要です。
- 民間企業・専門家との連携: 民間企業の技術力や専門家の知見を活用します。アドバイザリー契約を結んだり、共同でプロジェクトを実施したりすることで、高度な技術やノウハウを学びます。
- 地域大学・高専等との連携: 地域にある大学や高等専門学校と連携し、学生のインターンシップ受け入れ、共同研究、職員向け研修プログラムの開発などを進めます。
- 兼業・副業人材の活用: 地方に関心を持つ都市部のデジタル人材を、兼業や副業という形で活用することも有効な手段となりつつあります。オンラインでの業務委託なども含め、柔軟な働き方での協力者を募ります。
- 自治体間の連携: 近隣自治体や同じ課題を抱える自治体同士で連携し、共同で研修を実施したり、人材を融通し合ったりすることで、リソースの制約を乗り越えることができます。
成功事例とそこから学ぶこと
いくつかの自治体では、様々な工夫を凝らしてデジタル人材の育成・確保に取り組んでいます。
例えば、A市では、若手職員を中心に「デジタル推進チーム」を立ち上げ、外部のデジタル専門家をアドバイザーとして迎えながら、企画・実施・評価を一貫して行う中で実践的なスキルを習得させています。研修だけでなく、実際に地域課題をテーマにしたハッカソンを実施するなど、アウトプットを重視した取り組みを行っています。
また、B町では、庁内全体のITリテラシー向上を目指し、部署ごとにITスキルの高い職員を「デジタルサポーター」として指名し、日常業務の中でのちょっとした相談に乗れる体制を構築しました。これにより、専門部署への問い合わせ集中を防ぎつつ、庁内全体のスキル底上げを図っています。
C県では、県庁職員を対象とした実践的なデータ分析研修プログラムを開発し、市町村職員にも広く参加を呼びかけています。自治体職員が自身の業務データを用いて分析を行う演習を取り入れることで、より実践に役立つ内容としています。
これらの事例から学べるのは、単に研修を行うだけでなく、実践の機会を提供すること、庁内全体でデジタル化を支援する雰囲気を作ること、そして外部のリソースを賢く活用することの重要性です。
政策提言に向けた論点
地方自治体がデジタル人材の育成・確保を進めるためには、自治体の努力だけでなく、国や都道府県による政策的な支援も不可欠です。
- 国の研修プログラムの拡充と周知: デジタル庁や関連省庁が提供する自治体向け研修プログラムの質・量の拡充と、地方自治体への積極的な情報提供が必要です。オンライン研修プラットフォームの無償提供なども有効でしょう。
- 財政的な支援措置: デジタル人材育成や専門家雇用のための財政支援(交付金、補助金など)の拡充や、より柔軟な活用を可能にする制度設計が求められます。
- 自治体間連携を促進する仕組み: 人材交流や共同研修、共同での外部委託などを促進するための法制度の整備や、プラットフォームの提供が考えられます。
- 評価制度への反映: 職員のデジタルスキル習得やデジタル推進への貢献を、人事評価に適切に反映させるためのモデル評価制度の提示や、評価者向けの研修なども有効かもしれません。
- 地域における専門人材育成機関の支援: 地域に根差した専門学校や大学等でのデジタル人材育成機能を強化するための支援も、長期的な視点では重要となります。
これらの論点について、皆様はどのようにお考えでしょうか。皆様の自治体でのデジタル人材育成・確保の取り組みや、成功・失敗談、そして必要な政策提言について、ぜひこのフォーラムで共有し、議論を深めていきたいと考えております。
まとめ
地方自治体におけるデジタル人材の育成・確保は、DX推進と地方創生を成功させるための鍵となります。限られたリソースの中で最大限の効果を出すためには、計画的なアプローチ、実践的な育成手法の導入、そして外部リソースの賢い活用が重要です。
本稿でご紹介した考え方や事例が、皆様の自治体でのデジタル人材育成戦略を検討する一助となれば幸いです。皆様と共に、より実践的で効果的なデジタル人材育成・確保のあり方について議論し、具体的な政策提言に繋げていければと思います。