地域内物流・サプライチェーンのデジタル化:効率化とレジリエンス強化に向けた自治体の役割と政策論点
地域内物流・サプライチェーンのデジタル化が地方にもたらす可能性
地方における物流およびサプライチェーンは、住民生活の維持、地域経済の活性化、そして災害時のレジリエンス強化にとって極めて重要な基盤です。しかしながら、多くの地方では、ドライバーや担い手の高齢化・不足、燃料費の高騰、多頻度小口配送による非効率性、過疎地におけるラストワンマイル問題、そして災害発生時の寸断リスクといった様々な課題に直面しています。
これらの課題に対し、デジタル技術の活用は、物流・サプライチェーン全体の効率化、コスト削減、透明性の向上、そして有事の際の代替手段確保など、多くの解決策を提供する可能性を秘めています。本記事では、地方における物流・サプライチェーンのデジタル化の現状と可能性、自治体が果たすべき役割、そして政策論点について考察します。
地方における物流・サプライチェーンの現状と課題
地方の物流は、都市部と比較して物流量が少なく、配送先が広範囲に点在するため、単位あたりのコストが高くなる傾向があります。また、高齢化が進む地域では、日用品の買い物が困難な「買い物弱者」問題も深刻化しており、地域内の効率的な配送ネットワークの構築が急務となっています。
さらに、地域の農産物や特産品を域外に流通させるサプライチェーンにおいても、生産者と消費者の間の情報共有不足、流通経路の非効率性、鮮度維持や品質管理の難しさといった課題が存在します。これらが、地域経済の活性化や新たな販路開拓の足かせとなることがあります。
加えて、近年頻発する自然災害は、道路網や物流拠点の寸断を引き起こし、物資供給の停止や遅延を招いています。平時からのレジリエンス強化策が求められています。
デジタル技術が拓く可能性:効率化とレジリエンス強化
こうした課題に対し、デジタル技術は多角的なアプローチを提供します。
1. 配送・輸配送の効率化
- 配車・配送ルート最適化: AIを活用した配車システムや配送ルート最適化ツールにより、複数の配送先を効率的に回るルートを自動計算できます。これにより、走行距離や時間、燃料費の削減、さらにはドライバーの負担軽減につながります。
- 動態管理システム: GPSなどの技術を用いた動態管理システムにより、車両の現在位置や運行状況をリアルタイムで把握できます。これにより、配送状況の可視化、遅延の予測、緊急時の柔軟な対応が可能になります。
- 共同配送・貨客混載: 異なる事業者や自治体間での共同配送、あるいは旅客輸送と貨物輸送を組み合わせる貨客混載(いわゆる「ヒト・モノ一体輸送」)は、過疎地での配送コスト削減に有効です。デジタルプラットフォームを活用することで、参加事業者のマッチングや情報共有を円滑化できます。
2. サプライチェーン全体の最適化と透明性向上
- 受発注・在庫管理のデジタル化: クラウドベースのシステムを導入することで、生産者、事業者、小売店、そして消費者の間で、受発注情報や在庫状況をリアルタイムに共有できます。これにより、欠品や過剰在庫の削減、需要予測の精度向上、そして食品ロス削減にも貢献します。
- トレーサビリティシステムの構築: ブロックチェーン技術などを活用することで、農産物や特産品の生産地から消費者に届くまでの全行程を記録・追跡可能にします。これにより、食の安全・安心の確保、ブランド価値向上、不正流通の防止につながります。
- データ共有プラットフォーム: 地域内の生産者、物流事業者、小売業者などが共通で利用できる情報プラットフォームを構築することで、需給情報のマッチング、共同での資材調達、共同での販促活動などが可能になり、地域経済の活性化を促進します。
3. ラストワンマイル問題へのアプローチ
- ドローン配送: アクセスが困難な山間部や離島、あるいは災害時において、ドローンによる小型荷物の配送が実用化され始めています。
- 自動運転車両: 特定エリアでの自動運転配送の実証実験も進んでおり、将来的な担い手不足解消に貢献する可能性があります。
- 地域住民による有償運送支援: デジタルプラットフォームを活用し、地域住民が買い物代行や配送の一部を担う仕組みを構築することも考えられます。
4. 災害時のレジリエンス強化
- 代替輸送ルートのシミュレーション: GISデータと連携したシステムで、災害による道路寸断箇所を把握し、代替輸送ルートを迅速に特定・シミュレーションすることが可能になります。
- 緊急物資輸送の最適化: 災害救援物資の必要量予測、集積拠点の選定、被災地への最適配送ルートの確保などにデジタル技術を活用できます。
- サプライチェーンの可視化: 平時から地域内の重要物資の生産・在庫・流通状況をデジタルで可視化しておくことで、災害発生時にどの物資が不足するか、どこから調達できるかなどを迅速に判断できます。
地方自治体が果たすべき役割
地方における物流・サプライチェーンのデジタル化は、単なる民間事業者の効率化努力にとどまらず、地域全体の課題解決に資するものであるため、自治体が主導的・支援的な役割を果たすことが不可欠です。
1. 課題の特定とグランドデザインの策定
まずは、地域内の物流・サプライチェーンにおける具体的な課題(買い物弱者エリア、特定の産業における非効率性、災害リスクなど)をデータに基づいて特定します。その上で、目指すべき将来像(例: 「全ての住民が半径Xメートル以内で日用品を受け取れる地域」「地域の農産品を鮮度を保ったまま効率的に都市部に届けられる仕組み」など)を描き、デジタル化による解決策を位置づけたグランドデザインを策定することが重要です。
2. 関係者間の連携促進とプラットフォーム構築支援
物流事業者、生産者、小売店、住民、そしてITベンダーなど、多様な関係者の利害を調整し、連携を促進する役割が求められます。必要であれば、情報共有のための共通デジタルプラットフォームの構築や運営を支援することも考えられます。
3. 実証実験の支援と環境整備
新たなデジタル技術の導入には、コストやリスクが伴います。自治体が実証実験のフィールド提供、費用の一部補助、関係省庁への規制緩和要望など、実証しやすい環境を整備することが有効です。例えば、ドローン配送や自動運転の実証に必要な許可取得の支援などが挙げられます。
4. 導入・活用に向けた人材育成支援
デジタル技術を活用するためには、事業者や地域住民のITリテラシー向上が不可欠です。デジタルツールの使い方に関する研修プログラムの提供や、専門家派遣による導入サポートなどが考えられます。
5. 政策・制度による後押し
デジタル化を促進するための補助金・助成金制度の創設や見直し、共同配送や貨客混載を支援する制度設計、あるいは地域特性に応じた規制緩和の提案など、政策・制度による後押しも重要な役割です。他の自治体との広域連携による共同での課題解決や基盤整備も視野に入れるべきでしょう。
導入・活用における現実的な課題と対策
デジタル化の推進には、もちろん現実的な課題が伴います。
- コスト: 初期投資や運用コストが事業者にとって負担となる場合があります。自治体による補助金や、共同利用によるコスト分散が有効です。
- 技術的な知識・人材: 事業者側、特に中小零細事業者において、デジタル技術に関する知識を持つ人材が不足していることがあります。自治体による研修や専門家派遣、あるいは信頼できるベンダーとの橋渡しが必要です。
- 既存事業者との調整: 新たなデジタル化の取り組みが、既存の物流事業者や地域経済に与える影響を十分に考慮し、丁寧に調整を進める必要があります。全ての関係者がメリットを享受できるような仕組みづくりが求められます。
- 住民の理解と協力: ラストワンマイル問題の解決には、住民の協力(例: ドローンポートの設置場所、共同受け取り所の利用など)が不可欠です。デジタル化のメリットを分かりやすく説明し、理解と協力を得ることが重要です。
- データの相互運用性・標準化: 異なるシステム間でデータを円滑に連携するためには、データ形式や通信プロトコルの標準化が求められます。自治体や関係団体が連携し、標準化に向けた議論を進める必要があります。
政策提言に向けて
地域内物流・サプライチェーンのデジタル化は、地方創生の様々な側面に寄与する取り組みです。この推進に向けて、どのような政策的な議論が必要でしょうか。
例えば、国レベルでは、地域特性に応じたデジタル物流インフラ整備への財政支援強化、貨客混載やドローン配送に関する規制の見直し、そして地域間でのデータ連携を促進するための共通プラットフォームや標準化に関するガイドライン策定などが考えられます。
自治体レベルでは、地域内の物流課題を解決するための「デジタル物流推進計画」のようなものを策定し、具体的な目標設定とロードマップを示すこと、そして計画に基づいた事業者への支援策を体系的に整備することが重要でしょう。また、他の自治体との連携による広域での物流ネットワーク最適化も、広範な効果が期待できます。
まとめと今後の視点
地方における物流・サプライチェーンのデジタル化は、単なる効率化に留まらず、住民の利便性向上、地域経済の活性化、そして災害に強い地域づくりに不可欠な取り組みです。自治体は、この変革の触媒となり、関係者間の連携を促進し、技術導入を支援し、そして必要な政策・制度を整備する役割を担う必要があります。
貴自治体におかれましても、地域内の物流・サプライチェーンについて、どのような課題があり、デジタル技術でどのように解決できる可能性があるのか、そしてそのためにはどのようなステップを踏むべきか、どのような政策的な支援が必要か、ぜひ議論を深めていただければ幸いです。この未来地域デジタルフォーラムでの議論を通じて、具体的な政策提言へと繋げていくことができればと思います。