小規模自治体でも実現可能:ローコストで始める地域デジタル化戦略
はじめに:限られたリソースでのデジタル化という課題
地方創生において、デジタル技術の活用は業務効率化や住民サービス向上、新たな地域活性化策の推進に不可欠であると認識されています。しかしながら、特に人口が少なく、予算や専門的なIT人材が限られる小規模な自治体においては、デジタル化の推進は大きな課題として立ちはだかる現実があります。
潤沢な予算や専属のIT部門を持つ大都市圏の自治体とは異なり、多くの場合、企画課などの数名の職員が、日々の業務と並行してデジタル化の検討を進めなければなりません。専門用語の理解から、どの技術を選び、どのように導入し、住民や他の職員にどう浸透させるかまで、多岐にわたるハードルが存在します。
この記事では、こうした厳しいリソース制約の中で、小規模自治体がどのようにデジタル化の第一歩を踏み出し、着実に成果を上げていくことができるのか、ローコストかつ現実的なアプローチについて考察します。
なぜ小規模自治体こそデジタル化が必要なのか
「予算がない」「人がいない」といった理由でデジタル化をためらう自治体があるかもしれません。しかし、見方を変えれば、小規模自治体こそデジタル化の恩恵を大きく受けられる可能性があります。
- 業務効率化: 人員が少ないからこそ、定型業務をデジタル化して自動化・効率化することで、職員はより創造的・対人的な業務に時間を振り向けられるようになります。これは、限られた人材の有効活用に直結します。
- 住民サービス向上: 高齢化が進む地域では、窓口に来ることが難しい住民も増えています。オンラインでの手続きや情報提供を充実させることは、住民の利便性向上と満足度向上に繋がります。
- 持続可能性の確保: 今後の人口減少や高齢化を考えると、行政サービスの維持そのものが困難になる可能性があります。デジタル技術を活用し、業務やサービス提供体制を見直すことは、将来にわたって持続可能な行政運営を行うために不可欠な投資と言えます。
ローコストで始めるための基本的な考え方
では、具体的にどのようにデジタル化を進めれば良いのでしょうか。重要なのは、「全てを一度に」「最新のものを高額で」目指すのではなく、小さく始めて成果を積み重ねていく考え方です。
- 目的の明確化と優先順位付け: 「デジタル化そのもの」が目的にならないように注意が必要です。「何のためにデジタル化するのか?」という問いに対し、「住民からの問い合わせ対応時間を〇時間削減する」「申請手続きのオンライン化率を〇%向上させる」のように、具体的な目的を設定します。そして、多くの住民や職員が困っている課題、あるいは早期に成果が見えやすい課題から優先順位をつけます。
- スモールスタート: 最初から大規模なシステム導入を目指すのではなく、特定の業務や部署に絞って小さく始めます。成功事例を作ることで、他の部署への横展開や、住民・議会の理解を得やすくなります。
- 既存サービスの徹底活用: 自治体専用の高額なシステムだけでなく、世の中で広く使われているクラウドサービスやSaaS(Software as a Service)には、行政業務に応用できるものが多数あります。こうしたサービスは、初期投資が抑えられ、専門知識がなくても比較的容易に導入できるものが多いのが特徴です。
具体的なローコストデジタル化のステップとアプローチ
以下に、小規模自治体でも取り組める具体的なアプローチをいくつかご紹介します。
ステップ1:課題の特定と「小さく始める」箇所の選定
まずは、職員や住民へのヒアリングを通じて、具体的な「困りごと」や「改善したいこと」をリストアップします。例えば、
- 「住民からの電話問い合わせが多く、他の業務が進まない」
- 「紙での申請手続きが多く、窓口が混雑する」
- 「回覧板や紙の広報誌以外に、住民に情報を届ける手段が少ない」
- 「内部の簡単な申請や情報共有に時間がかかっている」
これらの課題に対し、「ローコストで」「短期間で成果が見込める」ものはどれかという視点で優先順位をつけます。例えば、住民への情報発信強化や、職員間の情報共有の効率化などは、比較的取り組みやすい分野かもしれません。
ステップ2:既存クラウドサービスやSaaSの活用
特定の課題に対し、安価で利用できる既存サービスを探します。
- 情報発信:
- 公式ウェブサイトのCMS(Contents Management System)リニューアル:モダンなCMSは比較的安価で提供されており、担当者が容易に情報更新できるようになります。
- SNS(Facebook, Twitter, LINEなど)の活用:無料で利用でき、リアルタイムな情報発信やきめ細かい情報提供が可能です。ただし、運用体制の整備は必要です。
- 住民向け情報提供アプリの活用:自治体向けに安価な情報提供アプリを提供している事業者もあります。
- コミュニケーション・情報共有:
- ビジネスチャットツールの導入:職員間の迅速な情報共有やグループでの連携が容易になります。無料または低価格で始められるツールが多数あります。
- クラウドストレージの活用:部署間や庁内でのファイル共有、ペーパーレス化を促進します。
- Web会議システムの活用:移動時間の削減や、多様な働き方を支援します。
- 簡易的な申請・受付:
- オンラインフォーム作成ツールの活用:問い合わせ受付や簡単な申請手続きのオンライン化に利用できます。無料プランがあるサービスも多いです。
- 予約システムの導入:施設予約や相談予約などをオンライン化し、電話対応負荷を軽減します。
これらのサービスは、多くがサブスクリプションモデル(月額または年額払い)であり、初期費用を抑えつつ、使った分だけ費用が発生する形式が主流です。無料トライアルを利用して、使い勝手を確認することも重要です。
ステップ3:オープンデータの活用・公開
自治体が保有するデータを整理し、オープンデータとして公開することは、新たなサービス創出や地域活性化に繋がります。データの公開自体には大きなシステム投資は必要ありません。ウェブサイトにCSV形式などでデータを掲載するだけでも第一歩となります。これにより、地域の事業者や住民がそのデータを活用し、例えば地域イベント情報サイトや防災マップなどを独自に開発することも期待できます。
ステップ4:ノーコード・ローコードツールの導入検討
プログラミングの専門知識がない職員でも、ドラッグ&ドロップなどの直感的な操作で業務アプリやウェブサイトを作成できるツール(ノーコードツール、ローコードツール)が登場しています。これにより、外部に委託することなく、現場の職員が自ら業務課題を解決するツールを作成できる可能性があります。ただし、利用には一定の学習コストがかかるため、導入前に十分な検証が必要です。
ステップ5:地域IT人材や外部専門家との連携
高度なシステム開発や専門的なコンサルティングが必要な場合は、地域内のIT企業やフリーランス、あるいは自治体支援を専門とする外部機関との連携を検討します。全てを内製しようとせず、必要なスキルを外部から調達することも、ローコストかつ効率的なアプローチです。地域内のIT人材と連携できれば、地域経済の活性化にも繋がる可能性があります。
成功・失敗事例から学ぶ
いくつかの自治体では、こうしたアプローチで成果を上げています。
- 事例1(住民向け情報発信強化): ある小規模自治体では、従来の広報紙配布に加え、職員がSNSを活用したリアルタイムな情報発信を開始しました。イベント情報や行政からの緊急情報などを写真付きで分かりやすく伝えることで、特に若い世代への情報伝達力が向上し、住民からの反響も増えています。特別なシステム導入は行わず、既存の無料ツールと職員の運用スキル向上で実現しました。
- 事例2(簡易な業務効率化): 別の自治体では、職員間の簡単な申請(例:休暇申請、備品申請)やアンケート実施に、安価なオンラインフォームツールとクラウドストレージを導入しました。これにより、紙の書類作成・提出・回覧にかかる時間が大幅に削減され、職員の負担軽減に繋がっています。
一方で、失敗事例から学ぶことも重要です。
- 失敗事例(目的不明確なシステム導入): ある自治体で、「最新技術だから」という理由で特定のシステムを導入したものの、具体的な活用目的や運用計画が曖昧だったため、結局ほとんど使われずに費用だけがかさんでしまったというケースがあります。目的が明確でないと、投資対効果が見込めず、職員の利用促進も進みません。
重要なのは、常に「何のために」「誰のために」デジタル化を行うのかを問い続け、小さく始めて検証し、課題があれば改善していくPDCAサイクルを回すことです。
政策提言への示唆
小規模自治体のデジタル化推進には、国の支援や自治体間の連携も不可欠です。
- 国の支援: ローコストで利用できるクラウドサービスやSaaSの選定・導入を支援するガイドラインや、共同調達の仕組み、導入費用の一部補助などが考えられます。また、成功事例や失敗事例を共有するプラットフォームの整備も有効です。
- 自治体間の連携: 近隣の自治体と共同でデジタル化に取り組むことで、ノウハウやコストを分担できる可能性があります。例えば、共同で住民向けアプリを開発・運用したり、互いの成功事例を共有したりすることが考えられます。
- 人材育成: デジタル技術に詳しくない職員でも、基本的なツールを使いこなし、自ら業務改善に取り組めるような研修機会の提供や、外部専門家との連携をスムーズに行うための支援が必要です。
まとめ:小さく踏み出す、そして議論へ
小規模自治体におけるデジタル化は、決して高額な予算や専門家集団がなければできないものではありません。目的を明確にし、既存の安価なサービスを賢く活用し、小さく検証しながら進めることで、着実に業務効率化や住民サービス向上を実現することが可能です。
この記事で述べたようなローコストなアプローチは、皆様の自治体でデジタル化の第一歩を踏み出すための参考になるでしょうか。あるいは、皆様の自治体ではどのような課題に直面しており、どのような方法でデジタル化を進めていらっしゃるでしょうか。ぜひ、『未来地域デジタルフォーラム』で議論を深め、共に政策提言に繋がる知見を共有していきましょう。